■作品名 わたしの源氏物語 ---お花5個が満点---
■ジャンル 随筆/感想 [読みやすさ]
[ 専門度 ]


■著者 瀬戸内寂聴

■出版社 集英社文庫

■書籍コード 4-08-748036-4 c0195

■初版 1993年6月25日

■備考
■□■ 感想 ■□■

 著者である瀬戸内寂聴氏も、源氏物語にはまってしまった代表格の一人である。古くは「更級日記」の作者である「受領菅原考標の娘/すがわらのたかすえのむすめ」から、与謝野晶子、谷崎潤一郎、そして一般読者である私に至るまで、源氏物語に引き込まれてしまった人はかなり多い。
それは則ちどうゆうことか。答えは簡単である。読み手の一人一人の中に、自分だけの源氏物語像が形成されるということだ。
従って、この本の最大の魅力は、本を読み進めていくうちに、瀬戸内寂聴に同化できるという点にある。
古典文学や源氏物語を知らない読者が読んでも、一向に差しつかえがない。なぜなら、この本はよくある解説書やエッセイではなく、あくまでも著者が源氏物語の登場人物について思ったことや、彼らに対するの評価などをベ-スにして書かれた新しい形での源氏物語小説だからだ。
本を読み進めていくうちに読者は著者の視点から源氏物語を読むことができるだろう。すると、今まで非現実的だった登場人物が生々しい形で浮かび上がってくる。
読み手によっては、自分の源氏物語感とのズレを感じるかもしれない。しかし、私自身で言うとすれば、今まで嫌いでしかなかった六条の御息所に対し、別の見方ができるようになってよかったと思っている。
 原文をそのまま訳した物には、六条の御息所の女としての苦しみや葛藤などはあまり詳しく述べられていない。若い光源氏に捨てられた中年女が逆恨みして生霊となり、次々に女君たちを殺してしまう嫌な女としてしか書かれていない。
だから私は、六条の御息所の人間臭さを知らなかった。話はちょっと逸れますが、作家の三島由紀夫が、戯曲の題材になぜ「葵の上」と「六条の御息所」の場面を選んだのか解らなかった。
『わたしの源氏物語』を読んでみるまでは‥‥。
 私の中で、具体的に何がどう変わったとの説明の変わりに、この本の本文からある一節をピックアップしてみる。
場面は六条の御息所が光源氏に遺言を残したところである。
『源氏を愛しすぎ、さんざん嫉妬で苦しみぬいた間に、御息所は源氏の心の動きのすべてを、どの女より正確に読み取ることが出来るようになっていた。七つも年上の三十六の自分より、匂うような女ざかりの二十の娘のほうに源氏の心がすでにひきつけられていること、瀕死の自分を見舞いながら、その目は灯のすける几帳のかげに横になっている前斎宮(さきのさいぐう)のほうに吸い寄せられていることを、全て見抜いているのだ』
このような心の動きを表す具体的な記述は原文にない。つまり、くどいようだが、この本は、企画本のように、わざと文体を変えている源氏ではなく、著者が感じたそのままに書いている本なので、その説得力はおもいっきり高いことを最後に伝えておく。



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