■若紫(わかむらさき)

 源氏の君は瘧病(わらわやみ)にかかってしまった。呪いや加持祈祷(かじきとう)などを試しているが、熱が上がったり下がったりする状態が続き、一向に回復の兆しがみえない。そんな源氏の君に、ある人が北山での加持祈祷を勧めた。北山には昨年瘧病が流行した折り、病を治した優れものの聖(ひじり)がいると言うのである。源氏の君は寺へ使いを遣り、その聖を呼び寄せようとしたが、年老いた聖は腰もまがり外出もままならないということだった。仕方がないので、源氏の君は信頼のおける従者を四、五人ほど連れ、まだ暁の暗いうちに寺へ向けて出発した。

 寺は北山を少し深く入った所にあった。今は三月の終わりの頃なので都では花の盛りが過ぎていたが、山の桜はまだ満開である。到着した聖の庵もしみじみとした風情で赴きが深いものだった。護符を作ったり、加持などをして一通りの治療が終わった頃には、日が高くなっていた。源氏の君は山寺から外へ出て、山間の景色を見渡した。あちらこちらに僧坊が見え隠れしている景色は大変素晴らしく、まるで絵のような美しさである。感想を口にすると、従者の一人が「世の中にはもっと素晴らしい景色がある」と言い出した。その従者の名前は良清(よしきよ)という。彼は現在の播磨守(はりまのかみ)の息子で、今年、蔵人(くろうど)から従五位下へ昇進したばかりの青年である。良清は、京の近隣で最高に素晴らしいのは播磨にある明石の海だと述べ、明石の浦に住む少々変わりな先の国守の話をした。源氏の君は、良清の話に登場した先の播磨守の娘に興味を持った。どんな娘なのかと訊くと、その娘は器量も気立ても揃っており、求婚者も現れているのだが、父親が全て断ってしまうのだという。どうやら先の播磨守は、娘に多大なる期待を持っているようだった。源氏の君は、口では、父親の期待の大きさを呆れたように言ってみせたが、内心では、その娘に心が引き寄せられている自分を自覚していた。

 従者たちを寺へ帰し、源氏の君は惟光(これみつ)と2人で、心の赴くままに僧坊の小柴垣(こしばがき)の付近まで歩いて行った。中を覗くと、尼君が仏様に読経をあげていた。傍には年配の女房が2人おり、女童(めのわらわ)たちが部屋から出たり入ったりして遊んでいる。その中に、年の頃、十歳ばかりの少女が、泣きながら走ってきた。尼君が涙の訳をたずねると、雀の子を犬君(いぬき)が逃がしてしまったと悔しそうに言う。尼君に宥められる少女は、まだあどけない幼さであるが、他の子供と比べようもないほど美しく、将来が楽しみな容貌であった。なにより、源氏の君が密かに恋をしている藤壷の女御(ふじつぼのにょうご)と良く似ているのである。一体、どうゆう身分の者なのか? 聞こえてきた会話によれば、少女の母は既に他界しているようだった。その後、僧都(そうず)が部屋へ現れて、尼君が御簾を下ろしてしまったので、源氏の君も引き上げた。しかし、帰ってからも源氏の君は少女のことを考えていた。恋しい藤壷の女御の代わりに、あの少女を手元においてみたいものだと。

 一旦帰った源氏の君であるが、僧都に招待され、再び僧坊へと足を運んだ。僧都から説法を聞かされた後、源氏の君は、先ほどの少女について僧都に訊いた。尼君は僧都の妹で、故按察の大納言(あぜちのだいなごん)の北の方であった。夫婦には、宮中に上げるつもりで大切に育てていた一人娘がいたのだが、志し半ばで父親が亡くなっ
てしまったのだという。その後、尼君が一人で育てていた娘の所へ、兵部卿の宮(ひょうぶきょうのみや)が通ってくるようになり、やがて女の子が産まれたのであった。兵部卿の宮は、藤壷の女御の兄である。少女は藤壷の女御に縁のある者だったのだ。そうとわかると、源氏の君は、よりいっそう少女に興味がわいた。我が物にし、理想の女性として養育してみたいものである。源氏の君は少女の後見役を引き受けたいと申し出たが、僧侶にも尼君にも、まだ幼い少女なので女性としてのお相手は勤まらないでしょう、という意味合いの言葉でやんわり断られてしまうのだった。

 源氏の君は、後ろ髪をひかれる思いで都へ帰ると、御所へ参内して先日以来の報告をし、左大臣と共に左大臣家へ向かった。



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