平安時代の装束(成人女性)

[1] 単(ひとえ)
 
一番下に身に着ける下着である。


[2] 袴(はかま)
 単(ひとえ)の上に着用する、腰から足までの衣装であり、足の部分は、ズボンのように二またに別れている。
 この袴は、男女とも3〜4才の幼児に成長してから着用していた。子供が始めて袴を身に着ける儀式を袴着(はかまぎ)といい、古くは3才ぐらいに行われ、後には、5才、7才で行われた。

『参考:源氏物語:桐壺(きりつぼ)』
 この御子(みこ)、三つになり給ふ年‥‥と、書いてあるので、光源氏は、3才で袴着(はかまぎ)を行ったのだとわかる。


[3] 五衣(いつつぎぬ)
 主人に使える女房(にょうぼう)の装束で、[4]の表着(うわぎ)と[1]の単(ひとえ)の間に、袿(うちき)を五枚重ねて着る。後の時代になってくると簡略化され、一枚の衣の袖口(そでぐち)と裾(すそ)だけを五枚重ねて仕上げた。
 この五衣(いつつぎぬ)の上に、裾を短かめに仕立てた袿(うちき)を羽織った姿が、少し改まった着付け方で、小袿姿(こうちぎすがた)という。
 小袿姿(こうちぎすがた)は、女主人や、主人に使える女房(にょうぼう)のお洒落着である。


[4] 表着(うわぎ)/袿(うちき)
 表着(うわぎ)は、正装時は[3]の五衣(いつつぎぬ)の上から羽織って着用する。
 また、袿(うちき)は、[1]の単と[2]の袴だけを身に着けた姿である単袴(ひとえばかま)の上に直接羽織り、リラックスした普段着として、女主人などが身に着けたりする。



[5] 唐衣(からぎぬ)
 平安時代以降の女官(にょかん)の正装。
 綾(あや)、錦(にしき)などの生地で作られた袷(あわせ)であり、上着(うわぎ)の上から羽織るように着用する。
 一般的に[6]の裳(も)とともに用いた。


[6] 裳(も)
 平安時代、成人女性が正規の礼装時に身につけたエプロン状の衣装である。裳(も)は、大陸風(たいりくふう)の服装であった上代の女性装束の名残りであるため、儀礼的な要素が強く、現代でいう所の蝶ネクタイのような意味合いで身に着けられていた。

 裳唐衣(もからぎぬ)として[5]の唐衣(からぎぬ)とともに着用するのが、最も正式な形の礼装であるが、小袿姿(こうちぎすがた)に裳(も)を着けて、略式の礼装とする場合もある。

 いづれの場合も、着用するときは、腰から下の袴の上に後方から紐をまわし、長く裾を流すようにする。
 ひだが多く、様々な刺繍が施してあるのが特徴。
 


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