目次

ニューヨーク・世界貿易センタービル
「最後の102分間」
The New York Times より

はじめに

あの、忌まわしい事件から、はや、1年がたちました。

「September Blue」 といわれる、清々しい、初秋のニューヨークの空に聳え立つ、世界貿易センタービル。

テレビを通じて、突如、全世界の人々に報道されたのは、あの美しい、ツインタワーの一つ、ノースタワーが、猛烈な火炎と黒煙をあげて、燃え上がっている姿でした。

続いて、われわれが目撃したのは、自由の女神像近くに現れた、一機の旅客機が、ニューヨーク港を旋回し、サウスタワーに突っ込むという、信じられない光景でした。

ノースタワーが直撃されたのが、午前8時46分、サウスタワーが直撃されたのが、午前9時02分。

午前9時59分、サウスタワーは爆発、崩壊し、相次いで、ノースタワーも、旅客機の激突から102分後の、午前10時28分、同じように爆発、崩壊。

ノースタワー直撃から、サウスタワーの崩壊を経て、ノースタワーが崩壊するまでの「最後の102分間」に、猛火と黒煙が荒れ狂うビルの中で、何があったのか。

二つのビルは、完全に崩壊し、物的証拠は殆ど残されていません。

残されたのは、辛くも、脱出した人たちの証言と、ビルの上層階に閉じ込められ、脱出できない犠牲者達が、携帯電話等を使って、家族や、同僚、友人達、または、警察、消防署に向けて発信した、最後の言葉です。

受信した人たちの記憶に残っているもの、メッセージフォンや、ファックス、電子メールに残されたもの、いずれも、非常に個人的な内容で、しかも、断片的です。

しかし、この「最後の102分間」に、少なくとも、353人の犠牲者が、外部の人とコンタクトできたといわれています。

事件の約8ヵ月後、ニューヨーク・タイムズの記者達は、数多くの生存者、犠牲者の友人や家族に接触し、彼らの記憶や、テープ、電話等の記録を集め、ツインタワーの上層階に閉じ込められた人々の「最後の102分間」の行動を、「The New York Times」の2002年5月26日号に、「Fighting to Live as the Towers Died」というタイトルで、報道しています。

以下、記事の概要を翻訳してみました。

102MINUTES
Fighting to Live as the Towers Died

By THE NEW YORK TIMES,May 26, 2002

This article was reported and written by Jim Dwyer, Eric Lipton, Kevin Flynn, James Glanz and Ford Fessenden.
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