あちこちに漂う思い出の時間…
水窪小学校門谷分校探索 part.2
制作2004.1.28

Part.1の続き…

こちらが教室の中。机と黒板があって、昔授業が行われていた頃の名残りが存分にあります。 黒板の予定表は9月。予定表の横に「電気料集金日12日」と書いてあり、昔の名残りを感じます。 2部屋ある教室のもう一つの方。最後は児童1名だったとのことで、こちらの部屋で授業が行われていたのではないでしょうか? 平成6年に同窓会が開かれたらしく、その時に書かれた文字もここには見受けられます。
教科書が机の上に置かれていました。音楽と体育。体育は4年生用の指導書です。 こちらは絵本。「じゃくのまめのき」です。表紙の絵の具合といい、懐かしい情緒いっぱいです。 こちらの棚には教科書が沢山ありました。社会科や理科の資料置き場としてこの棚は利用されていたようです。 こちらは理科の教材、コイル式のベル。小学校の時に作りませんでした?
こちらは鉱石標本……なのですが、綿やらなんやらがのせられています。 こちらには木琴・鉄琴・タンバリンがおさめられていました。タンバリンはさすがに痛んでしまっています。 こちらの引き出しはチョークの山。このチョークが使われることは、今後もうないのですね…。 音楽用の教材だと思われるレコードの山。私は相当久しぶりにレコードを見ましたよ。
こちらの棚にはお皿やら何やらが…。よく見るととっくりが山のようにあり、児童が使っていたものではなく地域の人が使っていたものだと思われます…。 廊下に出ると、笹がコンクリを突き破ってにょきにょきと伸びています。もう数十年すれば埋もれるでしょうね…。 廊下のすみには教科書やらなんやらが山のように捨てられていました。さすがにこの山は鑑定する気がせず…。 こちらは水道場。水を受ける部分が木製でいい味出しています。
畳の間には児童が書いた絵が3枚飾られていました。これはそのうちの1枚。日のあたらない所のおかげで色あせもなく、今に残っています。 こちらはお手洗い。奥に見えるドアが大用です。 こちらは小用……といっても便器はなく、壁にむかってする昔ながらの形式です。 こちらは大用便器。木製です。文字どおり「ぼっとん式」で、下はそのまま屋外へと繋がっています。

 門谷分校の沿革誌の最後に当時の教員、桜井貞彦教諭が次のように書き残しています。
明治十二年開校以来九十一ヶ年の間二百九十一名の卒業生を送り出し 輝き続けていた学灯を消し廃校となる

学灯が消え、30年以上たった今でも当時の情緒を色濃く残すこの分校。詳細な場所についてはこの分校を守る意味でも伏せさせていただきます。

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