春分は二月の「中」(中ほど)にあたります。
昼夜の長さが等しく、「春季」の90日の中日であるので「春分」というのだという説明があります。また、日が真東から昇り、真西に沈むので「春分」という説もあります。
このころになると、文字通り「春」となり、北京特有の強い風も吹き始めます。
玄鳥至(ゲンチョウいたる)
春分の最初の五日のことです。玄鳥とは、ツバメのこと。もう燕が南からやってくる季節となりました。
燕といえば、北京の別名は「燕都」といいます。
玄鳥にはこんな伝説もあります。
ある春の日、うららかな太陽の光を受けて、うら若い姫君が済水のほとりで水あびをしていた。そこへツバメがすいっと飛んできて、見上げた姫君の口に、卵を一つ落とした。 おもわずそれを飲みこんではらんで生まれたのが殷の始祖といわれる契(せつ)という人でした。
「詩経」より
(虫麻呂様から御教授いただきました)
雷乃發聲(かみなりすなわちこえをハツす)
春雷がなり始めるころということですね。そういえば、3月28日のころに春雷とともに降る雨音を聞いた記憶があります。ちょうどこの時期です。この時期、一雨ごとに緑が濃くなり、花々が咲くのです。でも、こうさと一緒に雨が降ると、窓は一面砂だらけとなります。
始電(はじめてデンす)
このころになると、稲妻が見られるようになるという事でしょう。春雷の季節も本番を迎えます。
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清明は3月の「節」・くぎりにあたります。
この日には先祖のお墓に参り、墓掃除をする習慣があります。このころには気候も良くなり、お墓参りを兼ねて遠出をしたものと思われます。
清明について詳しくはこちらをご覧下さい → 「清明節に寄せて」
清明に寄せて、こんな詩をお楽しみください。
清明 杜牧
清明時節雨紛紛
路上行人欲断魂
借問酒家何処有
牧童遥指杏花村
清明 杜牧 清明の時節雨紛紛
路上の行人魂を断たんと欲す借問(しゃもん)す
酒家は何れの処に有る
牧童遥かに指さす杏花の村
桐始華(きりはじめてはなさく)
このころになると、桐の花ばかりではなく、さまざまな花が咲き始めます。「百花繚乱」といった季節になってきます。
田鼠化爲【じょ】(デンソ カしてジョとなる)
「田鼠」はモグラのことです。[じょ]は残念ながら活字で出す事が出来ません。現在は中国語でもあまり使われない文字になっているようです。上が「如」で下が「鳥」の重なった文字です。発音は「じょ」でウズラのことのようです。
暖かくなって、土の中のモグラもウズラのように土の上に出てきて歩きまわるという事でしょうか。4月10日前後になるとずいぶん暖かくなってきます。
虹始見(にじはじめてあらわる)
ようやく、虹も見えるようなそんな明るい陽気になって来たという事でしょう。
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穀雨は三月の「中」(中ほど)にあたります。この時期の雨は大地を潤し、穀物を育てます。
萍始生(うきくさはじめてショウず)
萍とは浮き草。葉の形は楕円で、夏には白い花を咲かせます。木々ばかりでなく、池や沼も緑に彩られ始めます。
萍と言う文字は漢和辞典を見ていると、古来たくさん使われていたようです。「萍泊」とは漂泊の事で、漂うという文字に現在の日本語では置き換えられているようです。
鳴鳩払其羽(キュウメイそのはねをうつ)
……現在、調べています。何か御存知のかた、御教授戴ければ幸いです。
戴勝降于桑(タイショウくわにくだる)
戴勝とは、西王母もこのように言われますが、ここでは鳥の名前でしょう。頭に派手な冠を被った30cmほどの鳥です。いろは茶色系。この鳥が桑の木に止まって桑のみを食べる季節、ということでしょうか。「黄栗留鳴桑椹美、紫桜桃熟麦風涼」(うぐいす留まり鳴きて、桑のみうつくしく、紫のゆすら梅熟れるころ麦風凉し)という宋の欧陽修の詩が思いおこされますがこれは、もう少し先の事ですね。
西王母が何かの理由で地上に降りてくる季節と解釈出来たら夢があるのですが。
ちなみに西王母とは、天に住む女神で、孫悟空が盗んだ人参果は西王母の館の庭になっていたものでした。
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